2009年02月24日

飛行機に穴があく

ついこの間、飛行機のエンジンに鳥が巻き込まれて、
エンジンが故障し、機長の判断でハドソン川に不時着
して乗員・乗客全員が奇跡的に救助された飛行機事故
がありましたが、20年前も本当によく飛行機事故が起
こっておりました。

1989年2月24日米国ユナイッティド航空のジャンボ
ジェット機が354人をのせて飛行中に、胴体の右側に
横3メートル、縦12メートルの穴があき、緊急着陸の
ためホノルル空港へ引き返すという飛行機の事故が
起きております。

太平洋上空約2万フィートを飛行中に発生した事故で、
残念ながらこの時は全員無事というわけはにいかず、
乗客9人が亀裂の生じた穴から吸い出されてしまいま
した。

事故原因は金属疲労もしくは構造的な欠陥と当時騒が
れたことを覚えています。飛行中に突然飛行機の胴体
の一部がなくなったらどのような気持ちになるでしょう
か、現場に居合わせた場合の恐怖感は想像を絶するもの
があったことでしょう。
posted by gyuchan at 11:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月15日

ソ連軍アフガンから撤退完了

アメリカは現在アフガンへの米軍増派を決定
しておりますが、20年前の今日、1989年2月15日は
アフガン侵攻に失敗したソ連軍がアフガンから撤退
する最後の日になりました。

アフガンに駐留していたソ連軍の司令官グロモフ
中将がこの日の午前11時55分にソ連領に入り、
ソ連軍の全てが撤退を完了しました。

アメリカ軍はアルカイダ掃討作戦を続けており
ますが、あまり成果はあげていないように見受
けられます。20年前のソ連軍も同じ状況で、ほと
んど成果がなかったことを記憶しております。
posted by gyuchan at 10:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月08日

ボーイング707型機が墜落

20年前の今日、1989年2月8日はまたも
飛行機墜落事故が起きております。
アメリカのインディペンデント航空の
ボーイング707型機が、イタリアのベル
カモからドミニカ共和国へ向かう途中
アゾレス諸島のサンタマリア島の霧に
包まれた山中に墜落するという事故が
起きております。
搭乗者144人のうち137人が乗客で全員
イタリア人、残りの乗員は全てアメリカ
人で搭乗者全員が死亡るする痛ましい
事故になりました。
posted by gyuchan at 09:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月04日

スペースシャトルが帰還

1988年10月3日、4日前に飛行を再開した米国の
スペースシャトル「ディスカバリー」が無事
カルフォルニア州のエドワーズ空軍基地に帰還
しました。

スペースシャトルは現地時間午前9時37分に目標
地点にぴたりと着陸し、4日と1時間57秒、走行
距離にして168万マイルの旅を終了しました。

1986年に宇宙飛行士7人全員が死亡する事故を
起こしたチャレンジャー以来の飛行が無事終わ
ったことで飛行司令官のホーク船長はほっとした
表情でした。

●昨日はインターネットがつながらなかったため
1日遅れで投稿しております。ゴメンナサイ。
posted by gyuchan at 13:43 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

自治省が政党の政治資金について公表

1988年9月7日に自治省が1987年の各政党の政治
資金の状況を発表しております。

これによると、自民党の各派閥が集めた政治献金は
79億1000万円に上り、中でも当時の蔵相であった
宮沢 喜一氏の派閥は22億5000万円強を集め、派閥の
中で最高額を記録しております。

1987年に集めた各党政治資金の総額は、1442億4000
万円強で、前年より13.9%減っております。しかし、
この額は史上4番目に多い額となっております。
posted by gyuchan at 11:34 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月01日

ロケット弾がアフガンのカプール空港を直撃

20年前のアフガニスタンには、ソ連軍が駐留して
おりましたが、1988年9月1日にアフガニスタンの
反政府ゲリラが発射したロケット弾が、当時カプール
空港に駐留していたソ連軍の弾薬集積所に命中して
航空機数機と大量の弾薬が破壊される事件が起きて
おります。

この爆撃は、アフガニスタンの戦闘機が、両国国境
から65キロほど離れたパキスタン領内の村を爆撃して
から数時間後に行われました。

アフガニスタン政府軍の爆撃に対する反政府ゲリラの
報復活動と見られておりますが、カプール空港周辺は
大混乱に陥ったようです。
posted by gyuchan at 19:19 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月01日

米ソ首脳が批准書を交換

 5月29日から始まったアメリカのレーガン大統領と
 ソ連のゴルバチョフ書記長の会談は4日間にわたって
 行なわれましたが、その最終日の1988年6月1日に
 中距離核戦力全廃条約の批准書が両首脳間で交換され
 ました。

 両首脳は、歴史的な軍縮条約を実効に移し、「核軍縮
 時代」の到来を宣言しております。

 また、この会談の最後の共同声明の中で、両国の戦略
 核ミサイルの巨大な兵器庫を半減するための戦略兵器
 削減交渉(START)条約の実現に向け、かなり進展
 したことが発表されております。



posted by gyuchan at 23:44 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月07日

ソ連とアフガニスタンが共同声明を発表

 
1988年4月7日に、ソ連のゴルバチョフ書記長と
アフガニスタンのナジブ大統領がウズベク共和国の
首都タシケントで会談を行い、共同声明を発表した。

共同声明の中で、ソ連とアフガニスタンが、アフガニ
スタンにおける紛争解決を交渉によって行なうことの
最後の障害が取り除かれたことを表明。

ソ連は、数日中にジュネーブ協定がまとまれば、5月
15日にアフガニスタンから部隊を撤退させることを
表明した。

posted by gyuchan at 11:06 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月06日

20年前の学生生活費はいくら?


東京に住む私立大学学生の1986年度における学費と
生活費の合計が、一人当たり197万円に上ることが
政府の調査で判明。

東京の私大学生は裕福な家庭の人が多いらしく、この
額は全国の国立・公立・私立の大学生の平均支出より
約55万円も高いという。

20年以上経った現在はどうなのでしょう?
(インターネットで調べたところでは、04年の時点で
 毎月の親からの仕送りが10〜15万円のようです。
 これに学費が入ると、親の負担は最低でも220万円
 以上になる計算で、大変ですね。)
 

タグ:生活費
posted by gyuchan at 10:31 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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